虚勢の銀貨

東村の日々の記録

蔵書紹介:『魚舟獣舟』

 唐突ではありますが、やはり私は本が好きです。

 人が作る物語が好きです。

 作者から旅立って、私の中で広がっていく世界観が好きです。

 

 これまで、作家志望だなんだと言っておきながら、世間の愚痴や自分の言い訳ばかり書いていました。

 ですので、今回から不定期に、私が読んだ本の紹介を簡単にしていこうと思います。

ひとまずは私の蔵書のオールタイムベストから。

 

 

『魚舟獣舟』上田早夕里

文庫: 331ページ

出版社:光文社 (2009/1/8)

言語:日本語

収録話:【魚舟獣舟】【くさびらの道】【饗応】【真朱の街】【ブルーグラス】【小鳥の墓】

 

 

 ツイッターでも何度かおすすめしている短編集です。

 『異形コレクション』等に収録された短編五編と、デビュー作の前日譚の書き下ろし中編の、計六編が集められています。

 全体の総括は末尾にまとめますが、端的にこの本の魅力は世界観の素晴らしさです。それぞれの短編が書かれた当時、上田さんは続編やスピンオフを書くつもりはまったくなかったそうです。ものすごく乱暴で、語弊を恐れない言い方をすれば各世界観は短編に留めるつもりで作られた使い捨ての世界観だったのです。

 ですが、他のレビューや口コミを見ると分かりますが、とても短編のためだけに作った密度ではありません。「せっかくの世界観がもったいない」「長編で読みたい」そんな言葉が多数見受けられます。

 さて、そんな素晴らしい上田さんの世界を、私の拙い言葉で1/10でも魅力を伝えられるか怪しいところですが、各編の感想をば少し。

 

 

【魚舟獣舟】

 私をSF沼に突き落とした一編です。

この世界は、今の文明が崩壊し、海面上昇に伴って、残る少ない大地で生きる陸上民と、海で暮らすことを選んだ海上民がいます。

 陸上民は今の私達と変わりませんが、海上民は海の生活に適応するため、遺伝子手術を受けています。「魚舟」と呼ばれる、クジラのように巨大な生き物の上に居住殻を作り、そこに住み、魚舟を唄で操りながら生活しています。

 海上民の女性が出産する際には、人間の子とサンショウウオのような子の双子?を決まって生み落します。人間の形をしている子は普通に育てられますが、サンショウウオは海に放たれます。これは人間の子が第二次成長期を迎えるころ、つまり十数年大洋で生き残ると人間の子がいる魚舟の元へ帰ってきます。この時、双子は操舵者と魚舟となるのです。

 対して、双子が暮らす魚舟に会えなかったり、既に人間側が死去していれば、その片割れはサンショウウオからワニのような身体に変化し、人や他の魚舟を襲う獣舟となるのです。

 主人公は海を捨て、陸で生きることを選んだ海上民でした。過去に、自分の浅慮でヒロインの魚舟を失わせてしまい、「自分だけが操舵者になるわけにはいかない」と海を捨てました。彼は陸で獣舟を狩る仕事に就いていますが、ある日ヒロインが彼の担当区域で侵入者として捉えられました。

 

 簡単なストーリーはこんな感じです。

 これでもかなり割愛しています。短編とは思えないほど重厚で大きな反響を呼び、後の長編の元にもなっています。同じ世界線の『華竜の宮』は日本SF大賞を受賞しましたし、その続編となる『深紅の碑文』は日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門候補にもなっています。また、短編として『リリエンタールの末裔』もあります。

 私の感想、となりますと正直なところ、受けた感銘を人に伝えるのは苦手なのです。私は感情で理解するタイプであり、共感覚持ちですので、かなり観念的なものになってしまいます。それでも敢えて述べるなら、「無数の千枚通しで肌を引っ掻き回される」感じでしょうか。一つ一つはとても小さいものです。星新一のように、太い一本柱ではなく、無数の思索と姦計が張り巡らされた泥濘です。その渦中に身を投じるのは、なんとも言えない解脱感を味わえるんです。

 

 

【くさびらの道】

 上田さんの著作は数多く拝読していますが、現実、つまり我々が暮らす現在時間軸に即した作品は珍しいです。こちらもその一本。上田さんの故郷であり、奇しくも今私が暮らしている兵庫県を舞台にしたものです。

 この中では九州から上陸した寄生キノコが日本中に猛威を振るいます。感染した人間は、全身を白カビに覆われた状態に近くなり、そのまま絶命してしまいます。特攻薬はなく、胞子で感染するために防ぐ手立てもありません。

 主人公は兵庫県出身で東京に勤務しています。そんな中、地元で感染者が出て、出入り禁止の封鎖がされてしまいます。そんな彼の前に、妹の婚約者と名乗る男が現れ、二人は封鎖された兵庫へ潜入していきます。

 

 ジャンルとしてはスリラーSFになるんでしょうか。

 確かに全体を通して暗い雰囲気で話は進んでいきます。ハッピーエンドで読後感が素晴らしく舌触りがいいものが好きな人にはおすすめできませんが、ノワール系がお好きな方には自信を持って勧められます。

 この短編、設定こそ殺人キノコとSFかバイオホラーですが、語り口は純文学寄りではないかな、と個人的に感じております。ロケーションが私達の場所に準拠している分、否応なくリアリティが掻き立てられているんです。突飛な設定でも十二分に現実視をできる作品を書かれる上田さんが、肉薄の刃を振るうとこうまで鮮明に見えてくるものなのか、と感銘を受けました。

 

 

【小鳥の墓】

 こちらは上田さんのデビュー作『火星ダークバラード』の前日譚となっています。『火星ダークバラード』はSFであり、ボーイミーツガールであり、ハードボイルドです。こちらを読んでいる方が100倍楽しめるのは間違いないですが、読んでいなくても勿論楽しめます。実際私は上田さんの作品でこの『魚舟獣舟』を最初に読みましたが、最後まで詰まることなく、胸を躍らせながら進めていきました。

 

 舞台は教育実践都市。そこは言うなればハイパーエリートだけが住める上級国民だけの街です。主人公は品行方正を体現したような少年ですが、一人の悪友に引きずられ、どんどんと堕落していきます。

 

 すみません。こちらの作品で説明できるストーリーはこのくらいです。

 無論、これの質が低く語るに値しない、なんてことではありません。この作品は過程こそが全てなんです。世界観で魅せるものでも、結論で驚愕させるものでもなく、豊穣の過程を読者へ開いて、滴る苦汁を舐める愉悦を指し示してくれるものなのです。

 ファミ通の攻略本風に言えば「この先は君自身の目で確かめてくれ!」です。

 

 

 さて、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

少しでもあなたの読書生活の足しになれたなら幸いです。

 

 

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

 

 

ゲヘナより愛を込めて