蔵書紹介:『ニューロマンサー』
サイバーパンク、というと皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。『攻殻機動隊』『ブレードランナー』『マトリックス』『アップルシード』『銃夢』『コールオブデューティ ブラックオプスⅢ』『ハーモニー』などなど。ジャンルとしては「機械や科学技術(サイバー)がふんだんに用いられ、構造や体制への反発や反抗(パンク)」を要素として取り入れているもの、ということになります。
また、サイバーパンクの金字塔として語られることもある『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』ですが、私としてはこれはサイバーパンクとは言えないんじゃないかと思います。面白い作品であることに間違いはありませんが、どちらかおと言えば「サイバーパンクまでの橋渡し」的な作品です。その反面、映画化となる『ブレードランナー』は視覚的なサイバーパンクを確立した作品となります。
所詮ジャンルなんて言葉遊びの延長なので、明確に線引きをすること自体、私はナンセンスだと思いますけどね。
さてさて、そのサイバーパンク作品の中で、私が鑑賞した中で、未だにその地位を揺るがせることなく燦然とオールタイムベスト一位に君臨する作品があります。
文学としてのサイバーパンクを確立し、起源にして頂点(だと勝手に思っている)作品を
、今回は紹介していこうと思います。
『ニューロマンサー』
文庫: 451ページ
出版社: 早川書房 (1986/7/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 415010672X
ISBN-13: 978-4150106720
発売日: 1986/7/1
ツイッターでは散々言っていますから見飽きている方もいるでしょう。ですが同時に、実際にこれを読んだことのある方は一体どれだけいるのでしょう。「語られるには多いが、実際に手を取られることは少ない作品」、私がストーリーや世界観に全く触れずにこの作品を説明するとしたら、こうなります。『ギリシア神話』や『神曲』、『カーマスートラ』、『源氏物語』そうした立ち位置にまで登っている作品なのです。神話や宗教文学、古典の中である種聖典として扱われる、そう聖典。まさにサイバーパンク、いや私にとっては聖典に等しい作品であります。
さて、では何がすごいのか。面白さについては後程書くとして、『ニューロマンサー』を契機に世に現れるようになった概念があります。それが【電脳空間-Cyber Space-】です。文学の歴史と比較するとコンピュータ自体が割合最近になって世に浸透するようになりましたが、『ニューロマンサー』以前はコンピュータ接続、つまり「ネットワーク内に別次元が存在すること」、また「情報という抽象的なものを物質的なものとして解釈すること」、これを表した作品はありませんでした。
ですから『ニューロマンサー』が発表されなければ、『マトリックス』も『攻殻機動隊』も『ロックマン』も『デジモン』も『ソードアートオンライン』も、何もかもが生まれなかった、ないし誕生が遅くなっていたと言っても過言ではありません。
では、『ニューロマンサー』の中身に入っていきましょう。
舞台はザイバツとヤクザが闊歩する末来のチバシティ。元サイバーカウボーイ(ハッカー)のケイスは仕事でヘマをして、報復として自慢のハッキングを封じられたまま鬱屈した日々を過ごしていました。酒浸りで時折のドラッグ、PKD風に言えばピンボケの彼女だけを楽しみに生きていました。
そのケイスの下に、アーミテジと名乗る謎の男と、そのボディガードのモリィが仕事の依頼を持ってきます。彼らはハッキングの能力を戻してやる代わりに、最高にやばいコンピュータへの侵入を依頼します。
最初は及び腰だったケイスですが、ピンボケの彼女がチバシティの大物に殺され、これ以上留まる理由もないと踏ん切りをつけて、引き受けることを決めます。
その後、ケイスの故郷でハッカーの師匠であるディクシーの人格データをある企業から奪取し、イスタンブールでは視覚芸術家のリヴィエラを拉致して、宇宙コロニーへと向かいます。
この宇宙コロニーこそ、アーミテジが侵入を依頼したやばいコンピュータがある場所です。しかし、その途中でケイスは冬寂-ウィンターミュート-と名乗るAIから接触を受けます。その場でケイスは、アーミテジは傀儡にすぎず、彼を見つけて依頼をしたのは冬寂であることを知らされます。
アーミテジへの疑念を拭いきれぬまま、ケイスは敵の本拠地の宇宙コロニーで、策略と暴虐の渦中に放り込まれることとなるんです。
さてさて、毎度ながら私のレビューでは核心に触れません。
それは読者の楽しみを奪うことと同時に、作者に対しての最低の侮蔑にあたると思うからです。(決して書くのが面倒とかそんなんじゃないです)
なら、この『ニューロマンサー』という最強の作品について何を話しましょう。
作品、もとい概念の素晴らしさは先に書きました。サイバーパンクの世界観についてはいわずもがな、では登場人物について話してみましょうか。
主人公のケイスは先述の通り、作中ではカウボーイと呼ばれるハッカー(クラッカー)です。元々は伝説のハッカー、ディクシー・フラットラインを師事していました。またこのフラットラインの名前の由来もお洒落で、彼がハッカーとして活動していた頃、電脳世界で弩級のコンピュータに侵入した際、現実世界での彼の脳波が一時水平に、つまり数値的には一度死んだわけです。しかし、彼はそこから復活しました。これが伝説のハッカーと呼ばれる所以です。ケイスの話に戻りましょう。そんな伝説のハッカーについたケイスも、勿論腕は超一流です。だからこそAIの冬寂にスカウトされたわけですから。
また、ヒロインとなるモリィは、全身にサイバネ手術を施した半ばサイボーグのような女です。目はミラーレンズをはめ込み、十本の指の先からは剃刀の刃が飛び出し、それでいて得意のエモノは短針銃(ダートガン)です。飄々として姐御風の口調で話しますが、時折見せる女らしさがなんとも愛おしい。頭にもチップを埋め込んでいるために、ケイスが彼女に直接接続する、みたいな、サイバーパンクの代名詞のようなシーンも随所に見られます。モリィは作中一番の苦労人ですけどね。
更にリヴィエラ。ケイス一行がイスタンブールで味方に引き入れる男ですが、なかなかに謎めいた男です。整形をやりすぎたような顔をしているにも関わらず、鼻は事故を起こした後不格好に治した、みたいな感じですし、視覚芸術家なる奇妙な肩書を持ってもいます。これは、彼が相手の視覚に、自分が望んだ映像を映すことができる能力に由来しますが、作中で何故リヴィエラにそんなことができるかは言及されません。この能力が作戦の達成には不可欠として、アーミテジないし冬寂はスカウトさせるんです。事実、彼はクライマックスでとんでもない活躍を見せてくれます。
これだけ個性豊かで、スペックも高く、それぞれが主人公で一編も二編も書けそうなほど重厚な性格設定となっています。それこそ設定だけ見れば、単なる「俺つえー」ものですが、決して彼らとて万能ではありません。その証拠に、作中では様々な困難苦難、葛藤や後悔、懐古や憧れが描かれています。
SFの超大作と言われると、「よくわからんガジェットがたくさん出てきて難しい」と受け取られがちですが、『ニューロマンサー』は、その陰に隠れた人間ドラマもきっちりと記されています。
さてさて、多分このままでは際限なく書き続けてしまいますので、このあたりで。
ちなみに映画の『マトリックス』は『ニューロマンサー』の実写版を作ろうとして、でも途中でとん挫しながらも「いいや、最後まで作っちゃえ!」でできた作品なんですよ。
私は何度も言ってますように、一人でもSFに興味を持ってくれたら嬉しいと思っていますので、今までSFを読んだことない人も、なんとなく毛嫌いしていた人も、私に聞いてくれればぴったりの一作をチョイスしますよ。一緒に沼にハマっていきましょう。
それでは。
ゲヘナより愛を込めて