虚勢の銀貨

東村の日々の記録

蔵書紹介:『モールス』

 異類婚姻譚は世界中で語られる寓話や伝承です。

 現代でも排斥されるどころか、ヨーロッパ諸国では法的に認められています。私の記憶が正しければ、2000年代に入ってから、フランスのエッフェル塔と結婚した女性がいたはずです。

 

 ポップカルチャーでも根強い人気を誇るジャンルでもあります。『モンスター娘のいる日常』た『おおかみこどものあめとゆき』、『デュラララ』などなど、婚姻までしていなくとも、単なる友情を超えたものが異種族間で芽生えるものストーリーが好きな人は一定数います。少し前にツイッターで流行った、#魔女集会で会いましょう のハッシュタグもそうしたところに起因するのではないでしょうか。

 

 さて、今回は私の蔵書の中から、そんな異種族間の友情、愛情をテーマにした作品を紹介します。

 

 

 

『モールス』

文庫: 362ページ

出版社: 早川書房 (2009/12/30)

言語: 日本語

ISBN-10: 415041209X

ISBN-13: 978-4150412098

発売日: 2009/12/30

 

 聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。こちらの作品は、実は二度映画されています。一度目は『ぼくのエリ-200歳の少女-』のタイトルで、二度目は原作と同じタイトルで。映画としては、『ぼくのエリ』をおすすめします。決して『モールス』が悪いわけではありませんが、前者のクオリティが限りなく高かったのです。

 

 この『モールス』は、『ミレニアム』シリーズと同じスウェーデン発の作品です。北欧の名に恥じない国ですが、やはり作中でも雪や寒空の表現が多く、しかしそれでいてどことなく暖かい気持ちになれるものです。

 

 主人公のオスカーはマンションに住むいじめられっこで、学校では虐げられながらなんとか暮らしています。そんな彼の憂さ晴らしは、小さなナイフでマンションの敷地内の木を突き刺すことです。その日に自分に投げられた罵言を、今度は彼が物言わぬ木に対して同じことをします。

 彼が家を抜け出して木をいじめるのはいつも深夜、その日も手にはナイフが握られていました。木を突き刺している彼に声をかける少女がいました。これがヒロインのエリです。ダウンジャケットにマフラー、手袋、ニット帽を身に着けるオスカーに対して、エリが着ているのは大きなセーター一枚だけでした。オスカーはここで、エリが自分の家の隣に越してきたことを知ります。

 「いくつなの?」「たぶん、12歳くらい」

エリは自分の歳を正確には告げられません。原作の読者や映画の鑑賞者にはここが最初の伏線となるわけです。

 

 エリにはホーカンという保護者?がいます。ですが、オスカーには二人は親子ではなく、かといって恋人というわけでもない、奇妙な関係に映ります。実はこのホーカン、エリのために血を集める、従者もとい奴隷のような男です。

 血を集める、で察しがついた人もいるかもしれませんが、エリはヴァンパイアです。映画版の邦題の「200歳の少女」はこういう意味です。長く生きすぎたために、自分の年齢も正確に言えないのです。ホーカンはエリにぞっこんで、だからこそ危険を冒して、人を殺めてまでエリのために血を集めます。原作でも映画でも、彼の手際は決していいものではありません。日本の漫画であるような、頸動脈を一撃で、なんてことはできません。人間臭く、一挙手一投足が愚鈍と言っても差支えないほどです。

 そんなホーカンは、次第に親密になっていくオスカーとエリに段々と嫉妬の心を募らせていきます。

「きみはどうなんだ?ほんの少しでも、私を、愛しているのか?」

「愛してるといったら、またやってくれるの?」

ここで、エリの心はホーカンではなくオスカーにいっていることを彼は悟ります。

 この場面が原因かは定かではありませんが、彼はこの後、血を集める途中で失敗をし、自分の身元が割れてエリに被害が及ぶことを恐れて、非常に惨たらしい方法で自分の痕跡を消そうとします。そして、最期に介錯を頼んだのは、今まで誠心誠意仕えてきたエリでした。

 

 さて、オスカーとエリはますます親密な仲になっていきます。ある日、オスカーの好意に気付いたエリは、彼の腕の中でこう尋ねます。

「わたしのこと好き?」

「大好きだよ」

「普通の女の子じゃなくても?」

ここのシーン、映画だけ観た人と原作まで読んだ人で解釈が変わる非常に繊細なシーンなんです。映画だけだと「普通の女の子じゃなくてヴァンパイアだから」という意味に取れますが、原作を読んでいると、、、

 

 ホーカンが亡くなり、頼れる相手がいなくなったエリはオスカーの下を訪れます。このときオスカーは、エリがヴァンパイアであることは既に知っていて、しかも自分の好意が受け入れられつつあることにも感づいています。

 ヴァンパイアであるエリは、家主の許可がないままには家に入れません。これは『吸血鬼ドラキュラ』から続くヴァンパイアの弱点ですが、しっかり作品にも反映されています。

 彼女ができてイキりたい年頃のオスカーはエリに対して「入ってこいよ」と、許可を出さないまま煽り倒します。しびれを切らしたエリが部屋に入ると、「なんだよ、入れるじゃないか」となるのも束の間、エリは身体中から血を吹き出してしまいます。慌てて「入っていいよ!」とオスカーが告げると、エリの出血は止まりました。これが禁忌を破ったヴァンパイアへの代償です。

 その後、エリはシャワーを浴びに行きますが、玄関先であまりに多量の出血をしたため、隣人が不審がり、オスカーの家に入ってきます。隣人に詰め寄られて四苦八苦しているオスカーを助けるように、エリはその隣人に飛びかかり、血を吸って殺します。

 この一件を機に、エリはオスカーにまで迷惑がかかる、と姿をくらまします。エリを失ったオスカーは、それまでと変わらない日常に戻り、今まで以上に酷いいじめを受け、主犯格の兄によって命にかかわるような仕打ちにまで発展します。

 

 

 

すみません。勢い余って書きすぎました。しかも原作と映画版が混ざっている箇所があるかもしれません。

ですが、イノセントでダークなストーリー、刺さる人には根本までずっきゅんと刺さります。『モールス』や『ぼくのエリ』で検索すると、核心に触れるネタバレレビューが山ほど出てくるので、できるだけフラットに読みたい人にはお勧めしません。

さてさて、あまりにこのまま書いていると全部話してしまいそうなので、このあたりでやめておきます。タイトルが何故『モールス』なのかは実際に作品を見て、あなた自身で確かめてください。

お付き合いいただき、ありがとうございます。

 


ぼくのエリ 予告編_x264.mp4.mp4

 

 

MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

 

 

 

ゲヘナより愛を込めて