虚勢の銀貨

東村の日々の記録

2018-06-01から1ヶ月間の記事一覧

蛇の足

「後悔ですか? してますよ、勿論。俺だってあれだけのことをして、何も感じない程のサイコ野郎じゃあないですよ」 私が取材をした被告人はそう答えた。言葉とは裏腹に、彼の顔は、さながらテスト勉強を怠けた学生のようにしか映らない。 「あの瞬間に戻れる…

私は変わりたくなかった。

経済至上主義、金銭至上主義、この言葉を耳にし目にすると、うすら寒いものが込み上げてくる人が大半ではないだろうか。世の中、生きていく上で最も大切なものは金で、それ以外の人なり情なりは二の次三の次だ、とするものだ。 金があれば幸せだろうか。金が…

ヒース畑の笛吹き男

村に吹き込む風はいつになく冷たい。 まだ秋もこれからだというのに、今日は一段と冷えていた。野菜の収穫量は春から軒並み去年までの平均を下回り、村人たちは貯蔵していた乾物や、僅かな貯えを切り崩して生きている。 少ないながらも収穫できた野菜や、野…

SFは難しい?

「SF」というジャンルは、一概にこれだ、と示せるものではありません。 別にSFに限ったことではなく、ファンタジーもロマンスもホラーも青春もサスペンスもミステリーもそうかもしれませんが、ことSFに至っては「SFってどんなジャンル?」と聞かれる頻度が高…

死にたがりの人魚姫

「私、イリーナはその日も海の中で沈んだ本を読んでいた。 人間の言葉で書かれた本。人間の言葉――そう、つまり文字が読めるのは海の中で私だけ。誰に習ったわけでもないけれど、気が付いたら自然と判っていた。人魚や魚、カニやタコ達が使う海藻や貝殻の文字…

ヒンノムの丘より

動作記憶。 この単語に見覚え聞き覚えがある人は少ないかもしれない。私と同種の人間か、その類を相手する学問、職業でなければ恐らく日常的に見受けること自体ないものだからだ。動作記憶、ワーキングメモリ――呼び方はなんでもいい――は、端的に言ってしまえ…

他人は難儀

贅沢は敵でしょうか。 太平洋戦争中、「贅沢は敵だ」「欲しがりません。勝つまでは」「月月火水木金金」等の標語が用いられていたことは有名ですね。アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の門のアーチには「Arbeit macht frei(労働が自由をもたらす)」と刻まれ…

今の私はなんなのでしょうか。

私は基本的に、仕事ができません。 私が身を置くIT業界なるものは、今ではそれなりに世間一般に認められるような職種になりましたが、多分何をやっているか理解されていない部分が大多数だと思います。「ITに勤めてるならパソコン分かるでしょ? 調子が悪い…

流木の指

「結婚するんだ、私。だからもう、決めたことだから」 西陽が差し込む喫茶店の窓際。外向きに据えられたカウンターテーブルには、今時珍しい角砂糖の入った小瓶。彩奈の指がカップを離れる。店内に流れるボサノバは緩いカーブを描いて俺の鼓膜を避けていく。…

死にたい→生きていたくない

いきる――とはつまりどういうことか。何を指して、何を表すのか私には判らない。 「生きる」という自動詞は意味が曖昧すぎる。一般的に対極と考えられている「死ぬ」と比較すると、より明瞭に不可解さを考えられる。 「死ぬ」とは何がしかの領域内で活動を持…