虚勢の銀貨

東村の日々の記録

Es ist zu spät, wir Jetzt verbessern.

 最近、何故か今の日本の若い労働層に焦点を当てた記事を目にする機会が多くなったように感じます。私がそういうものを求めているのか、それとも時流として当たり前のことなのかは分かりませんが、ともかくここ数日いくつかの記事に目を通しています。

 

 複数読んだ中で特に印象に強いのは、「初任給20万で何ができる」という趣旨のものです。私も就活をしている際には別段気にはしていませんでした。初任給20万。昨今の労働市場では一つの型に押し込めたようにこの数字を目にします。「学生側としても、20万ないと辛い。でも20万以上だと激務かもしれない」そんなステレオタイプに日本全体が支配された結果の数字なのでしょう。ただ、働く前はこの数字の意味を上手く理解できていませんでした。

 一人暮らしの場合、支給額が20万円とすると、健康保険で10,000円、年金で18,000円、雇用保険で1,000円程度、所得税で5,000円、更に企業によっては独自の積み立てや保険等もありますから、合計で4万から5万ほど引かれるでしょう。しかもこれには「住んだら罰金」と名高い住民税を含めていません。かかる場合はここから更に1万から2万近く取られていきます。ですので、一年目では大体15~16万円程度が手元に残るでしょうか。元々提示されていた20万円の3/4ですね。

 更に月々税金の如くかかるものとして、水道光熱費、インターネット通信料(携帯電話を含む)、任意保険(加入しているなら)、仕事で使うあれこれ(スーツや筆記具、靴やらなにやら)、美容室、化粧品、洗剤やシャンプー等の日用品、などなど。大体これで5万くらいではないでしょうか。もちろん、安い化粧品やシャンプーに変えて出費を抑えることもできますが、髪がギシギシになったり、成分が合わず肌が荒れたりなんてありますから、ある程度の確度と相性を考えてこれくらいかと思います。

 ここまで総括して、手元には約10万円。家賃補助を考慮して家賃支出は3万円として残り7万円。更に食費がかかりますね。平均3万、なんて言われますが実際はどうでしょう。私なんかは非常に燃費が悪く、自炊しても一食二合は食べますから正直自炊しても外食してもそこまで大差はないんです。しかも、働いている方が、毎日三食自炊できるでしょうか。勿論、それを今現在やっている方もいることは分かりますが、全員が全員できるわけではありません。社会人になれば飲み会も増えるでしょう。毎度毎度先輩や上司にごちそうになれるわけでもなく、一回につき5,000円くらい出費すると思います。月に二回、そうした場に行けばそれだけで10,000円飛びますから、飲食では計45,000円/月としましょうか。

 

 さてさて、こうなるともう手元に25,000円しか残りません。算出した数値はかなり幅を見ていますから、もう少し残っているとは思いますが、と言っても10万はないでしょう。その中で何ができるんでしょうか。何かを買うにも、旅行に行くにも、新しいことを始めるにも、どうしたって足りないんじゃあないでしょうか。足りない分をクレジットカードで補えば、翌月にはそれが確定出費に乗ってきます。「昔はみんなこれでやってきた」とは言いますが、昔(おそらくはバブル経済前後)とは物価も、余暇の選択肢も異なります。アベノミクスの結果、上流国民などと揶揄される立場の人は景気がよくなったかもしれませんが、私のように底辺を這いつくばっている小市民にはそれを実感できないのが現状です。

 

 「俺達は苦労したんだからお前らも苦労しろ。若いうちは苦労は買ってでもしろ」のスタンスを私が批判することは皆さんご存知とは思います。この現状、特に労働層の下の方に皺寄せがいく状況の原因は、日本全体として下を育てる風潮がないこと、投資をよく思っていないことに起因するのでは、と考えています。

 日本は誰が何と言おうとも、トップダウン式の社会になっています。鶴の一声(笑)で現場の動きは左右されます。私は比較的自由に仕事のできる職場ではありますが、それでも昔からの仕組みや、お客様(笑)とのクッソくだらない懇親会やら、ゴルフ大会やらがあります。ゴルフは断ってますが、懇親会には出席しないという選択肢は残念ながらありません。新しいこと、改善点を提唱しようにも「今までこれでやってきたから」と一蹴されたことは少なくありません。現場に近い、私の課長や部長は賛同してくれますが、その上が動こうとしてくれません。

 

 経営層や本社部門の人達は多分リスクヘッジの観点からこうした保守的な方向へ進むのだと思いますが、果たしてそれで次の世代、次の時流へ乗って行けるんでしょうか。

 民主党政権時代に二重国籍のアホがJAXAの研究予算をカットしたことは、正直近年の政治家の愚行よりも強く記憶に残っています。研究費用や投資というものは、時として蓋を開けてみれば全くの徒労に終わってしまう、ということもあります。多額を資金をつぎ込んで、結果、何も得られませんでした。があるのは確かに事実です。ですが、同時に無駄を覚悟して投資したからこそ、成功したということだってあります。

 投資、なんて言葉を使うと馴染みがなくなるかもしれませんが、皆さんだって知らない道に敢えて入ったからこそ自分好みの店を見つけた、なんて経験はありませんか? 企業や研究への投資はそれと似たようなものです。投資する額も時間も桁違いで、失敗を許されない状況ではありますが、終わってみなければそれが失敗か成功かは誰にも分かりません。

 

 国家予算は国が力を入れる分野へつぎ込むのは当然です。アメリカが世界のトップであり続けるために様々な分野へ投資を惜しんでいないことは、皆さんご存知だと思います。先の話、JAXAもとい宇宙技術なんて先進科学の粋じゃないですか。国を代表する技術を開発して、それで世界を先導しようとしているんです。それを削ってまで、逆に何を押し出そうとすんでしょう。老人ですか? 「日本は老人が元気な国です!」ってアピールするんですか? 「どんなクレームを言われても二つ返事で従って若い層は老年層の補助金を稼ぐためだけの国です! 素晴らしいでしょ!」なんてやるんでしょうか。そんな国に未来はないですよ。停滞と時代遅れが跋扈するだけです。

 

 iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中教授が設立した「iPS細胞関連研究所」は、山中教授の経験から必要と考えて作られたものです。

自分が30代の頃、米国のある高名な先生が「科学の偉大な発明の影には、ボスの言ったことに反発した若手研究員がむりやりやってしまうところから出てくる」と言っていました。
私も指導する立場になったので、自分の固まった思考で「そんなアホな」などと若手の自由な発想を阻害、萎縮させるようなことがないように気を付けています。
ただ若手研究者にも、任期が5年、研究助成も3年などといったプレッシャーがあって、「この短期間に成果を出さないと」という現状では自由な発想よりも、確実に成果が出るだろうと考えられる安全度の高い課題に思考に流れがちです。この点も問題ですね。

 こうした理念の元、研究所は作られました。日本が先導した技術だからこそ、今後も日本が引っ張っていけるように、下の世代を育てていけるように、こんな発想も風潮も、今のこの国には足りていません。

 

 私は別に国士でも右派でも左派でもありません。私が感じたことについて考えて、私が考えたことについて書いているにすぎません。きっとこのまま、日本は変わらず、かつての甘い汁を啜っていた世代が引退して、私の世代が主導権を握れるようになっても、今よりはるかに大きくなった老年層の前に、全ては叩き潰されて消えていくんでしょう。

 あーやだやだ。どう頑張ったって終わりが見えているものを今更変えられるとは、きっと私も皆さんも、思ってはいないでしょうね。

 

 せめて、あと二年、穏やかに暮らせればもうそれだけでいいです。

 

 ゲヘナより哀を込めて。