虚勢の銀貨

東村の日々の記録

中身がない人は嫌いです。

 皆さんこんにちは。

 散々この場を「政治主張の場にしない」と言っていましたが、今回は少し書かせてください。

 

 というのも、今朝Facebookで安倍首相批判をしている母校の講師の記事が上がっており、私としても思うところがありましたので。

 その人曰く、「安倍首相は今回の地震や台風、大雨の被災者のことを鑑みることなく、自分の人気を上げるためだけの道具程度にしか思っていない」らしいです。勿論、私はこれに否を突き付けます。私が別段、安倍首相のシンパだったり、擁護派だったりするわけでなく、単にこの人の言い分に筋が通らず、客観的根拠に乏しいと思ったからです。国際教養学部の教授でしたが、在学中にこの人の講義を取らなくて心底良かったと思います。気になる方は個別に聞いてきてください。URLを送ります。

 

 このところ、安倍首相批判が目に余る気がしています。加えて述べておきますが、私は今の政権が好きで好きでたまらないってわけではないです。文句がないではないですが、「民主党政権時代よりも遥かにマシでしょ」というスタンスでいます。

 

 この前の大雨で多大な被害が出た広島岡山ですが、安倍首相は被災地に訪問していますよね。ツイッターで見た方もいるかもしれませんが、その時あるデマが流布しました。それは「被災地に安倍首相が来るって理由だけで急ピッチでクーラーと風呂を設置したらしい」というものでした。瞬く間にリツイートを稼いで、反安倍勢力の格好の餌食になりましたが、そののち、正確なデータを持って反論する人もいました。避難場所に指定されている学校や公民館のうち、ほとんどはクーラーが設置されていて稼働中であること、お風呂も順次設置されたり仮設のものが用意されたりしていたこと。

 そのデータを突き付けられたデマの源泉は「だって友人に聞いただけですし」と逃げました。その人のプロフィールを覗くと熱心なアンチ安倍首相な人でした。

 現在の政権に全く問題がないとは私も言いません。森友学園や公文書改竄の疑惑はありますし、秘密保護法やカジノ法案の問題も残っています。でも、だからって被災して苦境に立たされている方々を、自分の主張の道具に扱うのは畜生がすることではありませんか? 人として、少なくとも理性のある人間としては超えてはいけない一線でしょう。

 

 

 更に、現行政権を批判する人は「左翼」と言われ、現行政権を擁護する人は「右翼」と言われることが増えてきたと思います。私は幼いころ、「右翼=街宣車でカラオケをしながら走るヤクザ」と親から教えられていましたが、それは今は置いておきましょう。

 右翼左翼と言うと、正確に伝わらないことがありますので、もう少し噛み砕いて「保守派」「改革派」と呼びましょうか。保守派は「保守・国粋主義」ですので、端的に「日本の日本らしさを大切にしよう。急激な変化なんて要らない」と主張するのに対して、改革派もとい「改革・革新派」は、「このままでは日本はダメになる。抜本的改革が必要だ」と主張します。一見真反対を向いているように見える両者ですが、共通するものもあります。

 それは「日本が好き」という点です。保守派は「日本が好きだから、日本らしいところを大切にしよう」、改革派は「日本が好きだから、このまま日本をダメにしたくない」。

 根本が同じ分、共通項や妥協点もそれなりには見つけられます。それなのに昨今では「安倍を擁護するのは右翼だ!」「自民党を批判するのは左翼だ!」なんて短絡的に。。。ほんとこんな気持ちです。

f:id:Gleich_Sterbe:20180910143717p:plain

 

 そんなんだから、「イスラム原理主義=無法主義のテロリスト集団」みたいな認識になるんですよ。自分でものを考えられないアホばかりで本当にうんざりします。

 右に倣えで安倍政権を批判するなんて幼稚園児でもできます。「アベ政治を許さない」「I am NOT 安倍」なんてプラカード掲げて大名行列して、バッカじゃねーの。

 昔、私が嫌いな作家と話をしたとき、彼女は「文句を言うのは国民の仕事、代案を考えるのは反対議員」なんて言っていましたけど、果たしてそうでしょうか。先も言った通り、文句を言うなんて日本語が使えれば誰でもできます。ネットで適当に検索して出てきたワードを叫べばいいだけですし、反論されれば「だってこの人がそう言ってたもん!」と開き直ればいいだけです。

 確かに私達、一般の国民は個人で代案を提出することはできません。国会の場で、選挙で選出した議員が、私達の民意を組んでくれることを信じるしかないです。どうしても駄目なら、デモみたいなこともできますけどね。

 ただ、代案は提出できなくても、代案を叫ぶことはできます。例えば、私は喫煙者ですから「たばこ税を上げるなら、同じだけ酒税を上げろ」ですとか、「若年層の健康保険料をもう少し下げろ、代わりに高齢者の健康負担をもう少し上げろ」みたいに。両者とも私が常々感じていることですから、何かの折に実際に口に出すことも少なくはありません。

 でも同時に、私の考えが採用されるなんてこれっぽっちも思ってはいませんよ。喫煙者とアルコールの愛好家では母数が違いますし、若年層(20代)と高齢者(65歳以上)では3倍近くの差があります。だから、仮に私にとてつもないカリスマがあって喫煙者全員、20代全員を味方につけられたとしても負け戦であることに変わりはありませんからね。

 

 そうでありながら、私が自分の意見を持つのは、そうしないことがとてつもなくみっともなく映るからです。昔から「テレビで言ってたから」「誰々が言ってたから」の論調が大嫌いでした。影響されて、全く同じことを話すなんて、発信者のデコイでしかないじゃないですか。私は泥人形ですが、思想の面で誰かの傀儡にはなりたくありませんし、傀儡とつるむほど暇でもありません。

 

 今回、少し言葉が過ぎたようですが、皆さんの周りで違和感を持つことがあれば、それについて発信している人が自身の意見を持っているかを確かめてください。きっと十中八九誰かの受け売りですから。

 

ゲヘナより哀を込めて。